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福岡地方裁判所 昭和60年(ワ)1336号 判決 1988年1月27日

原告

池田潤一

原告

関芳成

右両名訴訟代理人弁護士

藤平芳雄

被告

福岡信用金庫

右代表者代表理事

大西篤

右訴訟代理人弁護士

松岡益人

石丸拓之

主文

一  被告は、原告両名に対し、それぞれ金五〇〇〇万〇二〇〇円及びこれに対する昭和五九年九月一八日から昭和六〇年四月一五日までは年1.5パーセント、昭和六〇年四月一七日から完済までは年五分の各割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の主位的請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  本判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  (主位的請求)

被告は、原告らに対し、それぞれ五〇〇〇万〇二〇〇円及びこれに対する昭和五九年九月一八日から昭和六〇年四月一五日までは年1.5パーセント、昭和六〇年四月一六日から完済までは年六分の各割合による金員を支払え。

(予備的請求)

被告は、原告らに対し、それぞれ五〇〇〇万〇二〇〇円及び内金二〇〇円に対する昭和六〇年四月一六日から完済まで年六分、内金五〇〇〇万円に対する昭和五九年九月一八日から完済まで年五分の各割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの各請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行免脱の宣言。

第二  当事者の主張

(主位的請求関係)

一  請求原因

1 原告池田は、原告関の使者又は代理人を兼ねて、昭和五九年九月一三日、銀行取引を営業とする被告の大浜支店に赴き、同支店内において、得意先係の統括責任者として預金受入れの権限を有する同支店長代理山本幹有(以下「山本」という)に対し、原告各自につき、現金各二〇〇円及び訴外株式会社富士銀行梅田支店振出・額面金額五〇〇〇万円・振出日同年同月一二日・支払人同銀行同支店なる小切手各一通(以下「本件小切手」という)を交付して、普通預金二口(金額各五〇〇〇万〇二〇〇円・利率年1.5パーセント、以下「本件預金」という)の申込みをし、山本においてこれを承諾した上、各原告名義の普通預金通帳(口座番号は池田につき九五七二五〇、関につき九五七二四二)を作成して原告池田に交付した。

2 ところが、山本は、本件小切手を被告大浜支店の出納係に交付することなく、即日、これを被告とは全く関係のない訴外藤本秀光(以下「藤本」という)に交付したため、本件小切手は藤本より訴外川崎治男を経て訴外西山謙一の手に渡り、同年九月一八日西山によつて取り立てられて費消され、結局被告には入金されなかつた。

3 一般に、他店小切手による預入れがなされたときには、受入金融機関において小切手を取り立てるべき旨の取立委任契約がなされるとともに、取立による入金があつたときにその入金額をもつて消費寄託をする旨の停止条件付消費寄託契約がなされたものと解すべきであるから、2の事実によれば、山本は故意に右停止条件の成就を妨げたものといわなければならない。かような場合には、民法一二八条、一三〇条、七一五条の法意に照らし、衡平の原則上同法一三〇条を類推適用し、原告らにおいて右条件が成就したものとみなすことができ、その成就日は右妨害行為がなければ条件が成就すべき合理的時期(本件の場合は、本件小切手が取立ずみとなつた昭和五九年九月一八日)であると解するのが相当である。

4 山本により本件小切手が悪用されたことを知つた原告らは、昭和六〇年四月一六日、被告に対し、本件預金の払戻しを請求したので、これによつて前記停止条件は成就したものというべきである。

5 よつて、原告らは、それぞれ本件預金契約に基づき、被告に対し、各預金額五〇〇〇万〇二〇〇円及びこれに対する預入れの日以後である昭和五九年九月一八日から右解約申入れの前日である昭和六〇年四月一五日までは普通預金約定利率年1.5パーセントの割合による利息、昭和六〇年四月一六日から完済までは商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1のうち、山本が昭和五九年九月一三日当時、被告大浜支店の支店長代理として、得意先係の統括責任者の地位にあつたこと、当時の普通預金利率が年1.5パーセントであつたこと、原告ら主張のような各原告名義の普通預金通帳が作成されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

2 同2のうち、本件小切手金が被告に入金されなかつたことは認めるが、その余の事実は不知。

3 同3の主張は争う。

4 同4のうち、原告らが昭和六〇年四月一六日被告に対し本件預金の払戻しを請求したことは認める。

三  抗弁

1 仮に、原告らが山本に対し本件小切手を交付し、山本においてこれを預金として受け入れることを承諾したとしても、山本には当時本件小切手を預金として受け入れる意思はなく、原告らも山本にその意思がないことを知つていたか、知り得べき状況にあつたものであるから、民法九三条但書により、本件小切手を預金として受け入れる旨の山本の意思表示は無効である。その事情は次のとおりである。

(一) 山本は、被告の従業員であつた昭和五九年五月頃、藤本と面識を持ち、以後親しく交際するようになつた。

(二) ところで、藤本は、同年春頃から、訴外西山謙一を中心人物とする訴外川崎治男、松永洸治、川中弘行らグループと知り合い、その一員となつていたが、右グループは、自民党の政治資金の裏金工作や導入預金等を扱つていると称して、高額の預金を高額の謝礼金(裏利息)約束の下に勧誘し、銀行預金にしたようにして拠出させた上、これを自ら取得して運用し、返済期日に右拠出者に返済することなどを企画し、活動を続けていたものである。その企画の一つとして、代理人導入預金なるものがあり、この預金の仕組みは、金員拠出者と銀行との間に代理人を立て、その拠出金はすべて資金集めをする者にまわされるのであるが、その処理は仲に立つた代理人が一切の権限と責任を負い、右拠出金が真実銀行に預けられるか否かは全く問題外であり、期日が到来すれば右代理人の権限と責任において拠出者に返済されることになつており、拠出者はかかる事情を一切承知の上で拠出金の処分権限を代理人に授与するというものである。そして、右代理人が万一期日に返済できないときの担保の意味で、銀行員等を利用し偽造預金通帳を作成させておけば、今日の判例の傾向からして銀行は右預金ないし損害賠償金を支払わざるを得なくなり、右グループや拠出者が損害を被ることはないとの考えの下に、銀行等の金融機関を介在させるということになつていた。

(三) 藤本は、同年九月上旬頃前記西山と共に山本と会合したが、その際、山本に対し前記事情を説明し、「近日中に高額の資金拠出者を被告大浜支店に連れてきて預金名下に金員を出させるが、山本はこれを受け取るだけで支店には入金せず、西山らグループに手渡し、資金拠出者には偽造の預金通帳を作成交付することにして欲しい。そうすれば約定の返済期日までに必ず右グループが元利を揃えて右拠出者に返済し通帳も取り戻すので、被告や山本には一切迷惑はかからない。この事情は資金拠出者も十分知つており、同人から被告に対し一切払戻請求や照会をしない旨の念書も取つている。」旨協力方を要請したので、この言を信じた山本においてこれを了承し、その具体的方法として、先ず西山らグループで資金拠出者を探し、その氏名等がわかり次第藤本から山本にこれを伝え、山本において右拠出者名義で小口の一〇〇円程度を被告大浜支店に預金し、同支店の正規の普通預金通帳を作成しておき、藤本らが同道する資金拠出者から山本が預金名下に高額の金員を受け取り、右通帳に同額の受入金額を虚偽記入してこれを右拠出者に交付し、受け取つた金員は藤本に手渡すことなどを取り決めた。

(四) その数日後の同月一二日頃、藤本から山本に対し、池田潤一と関芳成なる者を前記資金拠出者として被告大浜支店に同道するということで、この二名の住所、氏名、拠出金額、来店の日時等前記手順どおりの事前連絡があつたのち、同月一三日午前一一時過ぎ頃、藤本から山本に対し、福岡市中央区天神一丁目三―二池田潤一及び同市博多区博多駅前二―三関芳成各名義で預金口座開設のための各二〇〇円入金の普通預金通帳を作成して欲しいとの要請があつたので、山本において、藤本から各二〇〇円の交付を受けて右支店の正規の手続で右両名名義の普通預金通帳各一通を作成し、各二〇〇円の入金を印字記載してこれを藤本に交付した。

同日午後、藤本が事前連絡どおり原告池田外一名を案内して来店したので、山本は、これら資金拠出者は拠出の委細を承知の者として迎え入れ、普通なら高額預金者に対する特別の挨拶を交わすところこれもせず、初対面の日常的挨拶程度の会話を交わしたのみで、同支店応接室で応待し、藤本の手を経て原告池田から本件小切手を受け取り、これを藤本に交付した上、前記各普通預金通帳に右小切手の額面と同一金額(各五〇〇〇万円)を原告池田らの面前で手書きの方法で記入して、これを藤本を介して原告池田らに交付した。すると、原告池田が山本に対し念のためと称して受取書を求めたので、山本は藤本と共に、同支店備付けの振込金受取書用紙を冒用して各五〇〇〇万円の振込金受取書二通を偽造し、これを原告池田に手渡したのであるが、これ以外はすべて事前連絡どおり行われ、原告池田らからも、山本らの行為に対し疑念を抱いたような言動は何ら示されなかった。

(五) ちなみに、本件の代理人導入預金の代理人たる地位を占めるのは、原告池田に対し右預金を勧誘した前記西山グループの一員である川中弘行であるが、原告池田は、川中から本件につき借用証を差し入れさせているのみならず、月二分という高額な裏利息を事前に二〇〇万円、本件預金当日四〇〇万円受領し、更に三か月後の同年一二月中旬には、川中より期間をなお三か月延長ということで裏利息六〇〇万円を受領している。これらの事実からすれば、本件は原告池田と川中との貸借に過ぎず、ただ預金の形式をとつただけであることが推認される。

(六) 仮に、原告らが前記預金のからくりを知らなかつたとしても、原告らは、本件が不法な導入預金であることは知悉していたのであるから、被告大浜支店の支店長なり本店の責任者に確認すれば、被告がかかる預金を受け入れないこと(したがつて山本にもその意思はないこと)を容易に知り得たものである。

2 次に、本件預金がなされた以上のような事情によれば、本件預金は不法な導入預金であり、強行法規たる預金等に係る不当契約の取締に関する法律二条に違反する契約として無効である。

3 更に、本件預金契約が有効であるとしても、原告らは、前記のとおり、高額の裏利息名目で一二〇〇万円を受領しているところ、原告らが本件預金をするようになつた前記の経緯に鑑みるとき、これらの金員の授受は、信義則及び公平の原則に照らし原告らを不当に利得させるものとして許されないから、原告らの本訴預金返還請求金額から控除されるべきものである。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1の冒頭の事実は否認する。

(一)のうち、山本と藤本との関係は不知。

(二)、(三)の事実はすべて不知。

(四)のうち、原告池田が昭和五九年九月一三日午後、藤本の案内で被告大浜支店に赴き、同支店応接室で山本に対し本件小切手を交付し、山本から各原告名義の普通預金通帳を受け取つたのち、受取書を要求して各五〇〇〇万円の振込金受取書二通を受領したことは認めるが、その余の事実は争う。就中、右通帳への五〇〇〇万円の記入を山本が原告池田の面前で行つたとの点は否認する。これは、山本が応接室を出て記入してきたものであり、原告池田は、これを受領した際、老眼のせいもあつて手書き記入であることまでは気付かず、大阪に帰つて初めてこれに気付いた次第である。

(五)のうち、原告池田が本件に関し、被告主張のとおり川中から借用証を差し入れさせており、計一二〇〇万円(原告ら各二分の一)の金員を受け取つたことは認めるが、その余の事実は否認する。右金員は謝礼金である。

(六)は争う。

2 同2の事実は否認する。

3 同3の主張は争う。原告池田は金融業者であるが、担保提供のうえ月三分の利息で借金の申込みをする顧客は決して少なくないから、月二分の謝礼金は格別高額とも思つていない。

(予備的請求関係)

一  請求原因

1 主位的請求原因1と同じ。

2 同2と同じ。

3 以上の事実により、本件預金のうち小切手による分が有効に成立しないとすれば、それは、山本による本件小切手の詐取ないし横領行為の結果であるところ、かかる山本の行為は、客観的に観察して外形上同人の職務の範囲に属し、又は被告の事業の執行行為を契機としてこれと密接な関連を有する行為であり、被告の事業の執行につきなされたものというべきである。原告らは、山本の右不法行為によつて本件小切手金各五〇〇〇万円の損害を被つたから、山本の使用者である被告は、原告らに対し、民法七一五条一項本文に基づき、右損害を賠償すべき義務がある。

4 原告らは、昭和六〇年四月一六日、被告に対し、本件預金のうち現金二〇〇円による分につき払戻しを請求した。

5 よつて、原告らは、それぞれ被告に対し、本件預金契約に基づき、各預金額二〇〇円及びこれに対する右解約申入れの日である昭和六〇年四月一六日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めると共に、前記不法行為に基づき、各損害賠償額五〇〇〇万円及びこれに対する不法行為後である昭和五九年九月一八日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1、2については、主位的請求原因1、2に対する認否と同じ。

2 同3の事実は否認する。山本が本件小切手を詐取ないし横領したとはいえないことは、主位的請求に対する抗弁1(一)ないし(五)主張のとおりである。

3 同4の事実は認める。

三  抗弁

1 仮に、山本が何らかの不法行為責任を負うとしても、被告は、山本の選任及び監督の上で相当の注意を払つていた。

2 次に、原告らが山本の不法行為を知らなかつたとしても、原告らにはこの点につき重大な過失があるから、被告に対し不法行為責任を追及できない。即ち、原告らは、高額の裏金利欲しさに本件預金の勧誘に応じたもので、本件が不法な導入預金であることを知悉しており、一般の健全な金融機関がかような預金を受け入れないことは常識であるから、被告大浜支店の支店長なり本店の責任者に確認すれば、本件預金を受け入れないことが容易に判明し、山本らの仕組んだ本件預金のからくりを見破り得たはずである。しかるに、原告らは右の確認を怠つたもので、その過失は重大であるといわなければならない。

3 更に、被告に損害賠償責任があるとしても、損害賠償額の算定に当り原告らの前記過失を斟酌すべきであるし、原告らが本件預金に関して受領した前記一二〇〇万円は、損益相殺ないし公平の原則により、右損害賠償額から控除すべきである。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1の事実は否認する。

2 同2のうち、原告らに重大な過失があつたことは否認する。

3 同3の主張は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一原告らの主位的請求について判断する。

1  <証拠>を総合すれば、本件預金に関する事実関係は次のようであつたと認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。

(一)  訴外西山謙一、同川崎治男ら(以下「西山グループ」ともいう)は、自民党の政治資金の裏工作等をしていると称して、高額の預金を高額の謝礼金(裏利息)約束の下に勧誘していたものであるが、この話が数人の間を転々と語り継がれて、訴外川中弘行の知るところとなり、同人の知人である訴外宮崎正治が昭和五九年八月頃金融業者である原告池田を川中に紹介し、川中の勧めにより原告池田において右預金をすることになつた。

(二)  山本は、被告の従業員であつた同年五月頃、西山グループの一員である藤本と面識を持ち、以後親しく交際をしていたが、同年九月上旬頃、藤本の案内で福岡市内の料亭「河太郎」に赴き、同所において前記西山、川崎らと会合し、西山から、山本が支店長代理をしている被告大浜支店に近日中に額面一億円の小切手による預金をする者があることを告げられ、その際に右小切手を受け取るだけで入金はせず、西山グループの一員である藤本に小切手を手渡し、預金者には虚偽の預金通帳を作成交付することにして欲しい旨の依頼を受けた。

(三)  その頃原告池田は、川中から、預金先は福岡市の被告大浜支店であることを知らされたので、川中に対し、原告両名名義で金五〇〇〇万円を三か月間普通預金として預け入れる旨申し入れ、月二分の割合による謝礼金の合意をした上、内金二〇〇万円を受領し、川中の指示により本件小切手を持つて預金のため被告大浜支店に赴くことになつた。

(四)  同年九月一三日午前中に、藤本から山本に電話で、同日午後前記預金者を被告大浜支店に同道するので、あらかじめ池田潤一及び関芳成の各名義で少額の預金通帳を作成して欲しい旨の依頼があつたので、山本において、福岡市中央区天神一丁目三―二池田潤一及び同市博多区博多駅前二―三関芳成各名義で預金口座開設のための各二〇〇円の普通預金申込書を作成し、これに市販の認印を押捺した上、右支店の正規の手続により、右両名名義の各二〇〇円の預金記入のある普通預金通帳各一通(口座番号は池田につき九五七二五〇、関につき九五七二四二)を作成した(但し、各通帳の「お届出印」欄は空白のまま。なお右の計四〇〇円の立替金は同日山本が藤本から回収した)。

(五)  原告池田は、金融業を共同経営している原告関の代理人を兼ねて、前記宮崎と共に、藤本の案内で同日午後二時頃福岡市内の被告大浜支店に到着し、同支店応接室において、藤本から、得意先係の統括責任者として預金の勧誘及び受入れ等の業務を担当している同支店長代理の山本を紹介された上、山本に対し本件小切手を手渡して、原告各自につき各五〇〇〇万円の普通預金の申込みをなしたところ、山本においてこれを承諾した。そして山本は、池田潤一及び関芳成の各名義で作成していた前記普通預金通帳の各二〇〇円の預金印字記入部分(金額の頭部に「山本」なる小印が押捺されている)の下欄に、それぞれ五〇〇〇万円の金額を手書きし、右同様「山本」なる小印を押捺した上、各「お届出印」欄に原告池田の持参した原告両名の実印を押捺して、右各通帳を原告池田に交付した。その際、原告池田が山本に対し、念のためといつて右小切手金の受取書を求めたので、山本は、同支店備付けの振込金受取書用紙を冒用して、原告両名が同支店に対しそれぞれ自己宛に五〇〇〇万円の振込を依頼し同支店がこれを受領した旨の振込金受取書各一通を作成して、これを原告池田に交付したが、本件小切手は事前の打合せどおり預金としての入金手続をとらず、これを原告池田に察知されないようにして即時藤本に手渡した。なお原告池田は、同日福岡市内において、勧誘者である前記川中の兄から前記謝礼金の残として四〇〇万円を受領した。

(六)  本件小切手は、藤本を経て西山グループの手により同年九月一八日に取り立てられて費消され、結局被告には入金されなかつた。

2  以上認定の事実によれば、本件預金のうち各現金二〇〇円については、藤本が原告らのためにこれを出捐したものと認められるから、昭和五九年九月一三日に原告らと被告との間に各二〇〇円の預金契約が有効に成立したものということができる。

次に、本件小切手による預金契約の成否についてみるに、一般に、他店小切手による預入れがなされたときには、受入金融機関において小切手を取り立てるべき旨の取立委任契約がなされるとともに、取立による入金があつたときにその入金額をもつて消費寄託をする旨の停止条件付消費寄託契約がなされたものと解するのが相当であるところ、右の小切手の取立委任契約及び停止条件付消費寄託契約は、金融機関が預金者の申込みを承諾して、小切手を受領した時に成立するものであり、爾後の手続が金融機関の内規に則り適正に行われたか否かは、右の効果に何らの影響も及ぼさないというべきである。しかるところ、山本は、前認定のとおり、被告大浜支店において、得意先係の統括責任者として預金の勧誘及び受入れ等の業務を担当する支店長代理であつたのであるから、右各契約の締結についても代理権を有するものと解するのが相当であり(かく解しなければ信用を旨とする金融機関の顧客の保護に十分でなく妥当を欠く)、したがつて、被告大浜支店の支店長代理であつた山本が原告池田から、前認定のとおり普通預金の申込みを受け本件小切手を受領した時に、原告らと被告との間に、本件小切手の取立委任契約と各五〇〇〇万円の停止条件付預金契約が成立したものというべきである。

3  被告は、原告池田において、山本に本件小切手による預金受入れの意思がないことを知つていたか、知り得べき状況にあつた旨主張する。確かに、山本が原告池田から預金として本件小切手を受け取つて同原告に交付した前記普通預金通帳二通には、いずれも小切手金額五〇〇〇万円が手書きの方法で記入してあるし、原告池田本人尋問の結果(第三回)及びこれにより成立を認める甲第一一号証によれば、原告池田は本件預金を含め二億円の借用証を勧誘者の川中から差し入れさせていることが認められる。また、原告池田が川中から前認定の六〇〇万円のほかに、三か月後の昭和五九年一二月中旬に、期間をなお三か月延長ということで更に謝礼金六〇〇万円を受領したことは、原告らの認めるところである。

しかしながら、<証拠>によれば、本件のような他店小切手による普通預金の預入れの場合は、現金による場合とは異なる取扱いがなされることになつているし、現金による預入れの場合でも集金のときは本件の場合のように預金通帳に入金額が手書きの方法で記入され、金額の頭部に集金人の小印が押捺されることがあつて、必ずしも金額の手書き即虚偽記入とはいえないことが認められる。のみならず、原告池田は、前認定のとおり、その場で山本に対し本件小切手金の受取書を要求し、同人から被告大浜支店の振込金受取書の交付を受けて、本件小切手が真実同支店に預金されることを重ねて確認する手段に出ているのである。

また、前掲乙第二一号証及び原告本人尋問の結果(第二、三回)によれば、原告池田は、長年の経験に照らし、本件預金がいわゆる導入預金として違法性ありとされ、その払戻しが受けられなくなる場合があるかも知れないと思い、さような場合には勧誘者の川中に責任を取らせる意味で、川中から前記のような借用証を徴していたに過ぎないことが認められるし、月二分の謝礼金も原告池田のような金融業者にとつてはさほど高いものとは考えられない。

そうすると、本件預金通帳の五〇〇〇万円の入金記入が手書きであつたことや前記借用証の作成等の事実は、いまだ、原告池田において、山本に本件小切手による預金受入れの意思がないことを知つていたか、知り得べき状況にあつたことの証拠とするには足りず、他に右の事実を認め得る証拠はない。

4  更に被告は、本件は不法な導入預金であり、預金等に係る不当契約の取締に関する法律二条に違反する契約として無効であると主張するが、右は独自の見解であつて到底採用することができない。

5 そこで、本件停止条件付預金契約の条件の成否についてみるに、前認定のとおり、本件小切手金は西山グループにより取り立てられて費消され、結局被告には入金にならなかつたのであるから、右条件は成就しなかつたというべきであるが、右は、山本が被告大浜支店の応接室において原告池田から本件小切手による預金を受け入れながら、西山グループの不法行為に加担して、右小切手を入金手続にまわさず藤本に手渡したことに基づくものであるから、山本は、被告の従業員として、その業務の執行に関して故意に右停止条件の成就を妨げたものというべく、かような場合には、原告らの主張するように民法一三〇条を類推適用し、条件付権利者たる原告らにおいて右条件が成就したものとみなすことができ、その成就日は右妨害行為がなければ条件が成就すべき合理的時期(本件の場合は、本件小切手が取立ずみとなつた昭和五九年九月一八日)であると解するのが相当である。

しかるところ、原告らが昭和六〇年四月一六日被告に対し、本件預金の払戻しを請求したことは当事者間に争いがなく、証人宮本昭の証言及び原告池田本人尋問の結果(第一回)によれば、原告池田は、原告関の代理人を兼ねて、右払戻しを請求した際、被告大浜支店長から、山本が受け取つた本件小切手は他に悪用され被告に入金されていない旨の説明を受けたことが認められるから、原告らが被告に対し本件預金の払戻しを請求する旨の意思表示をしたことにより、前記昭和五九年九月一八日に遡つて前記停止条件が成就して本件小切手による預金契約が成立し、昭和六〇年四月一六日に本件預金契約全部が解約されたものというべきである。

6  そうすると、被告は本件預金契約に基づき、原告らに対し各五〇〇〇万〇二〇〇円の払戻金支払義務を負うことになるが、被告は、本件小切手による預金各五〇〇〇万円については、この預金に関し原告らが受領した前記計一二〇〇万円の謝礼金(裏利息)を控除すべきであると主張する。しかしながら、本件預金がなされた前認定の事情に照らしても、いまだ右謝礼金の控除を相当とする程の法律的理由は見出し難い。

二以上の次第で、被告は、本件預金契約に基づき、原告各自に対し、各預金額五〇〇〇万〇二〇〇円及びこれに対する預入れの日以後である昭和五九年九月一八日から右解約申入れの前日である昭和六〇年四月一五日までは当事者間に争いのない普通預金約定利率年1.5パーセントの割合による利息、解約申入れの翌日である同年四月一七日から完済までは被告が信用金庫であり商人性を取得し得ないと解されるところから民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、原告らの本件主位的請求は右の限度で正当として認容し、その余を失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用し、仮執行免脱の宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官谷水央)

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